【長距離トレーニング理論②】ジョグ/LSD ― 練習の7割を「なんとなく」で走っていないか
練習量の7割を占めながら最も雑に扱われがちなジョグ。 『つなぎ』ではなく主要練習です。 有酸素基盤の積み上げと、 最大の失敗『速すぎる』を分解します。
はじめに
前回、 この連載の設計図を示しました。
【原理原則】 → 【生理学的ターゲット】 → 【メニュー】
今回から個別のメニューに入ります。 最初に扱うのはジョグです。 理由は単純で、 量として一番多いから。 ある強豪校の指導者は「ジョグが全体の練習量の7割近くを占める」と語っていますし、 ノルウェー式も、 ポラライズドも、 結局は低強度がボリュームの大半を占めます。
にもかかわらず、 ジョグはたいていいちばん雑に扱われている練習です。 その象徴が「つなぎ」という言葉。 この認識でいる限り、 練習の7割が死にます。 ジョグは「つなぎ」ではありません。 7割を占めているものは、 定義上、 主要練習です。
1. 何を狙うのか
ジョグの生理学的ターゲットは 有酸素基盤(エアロビックベース) です。 抽象的なので、 中身を分解します。
末梢の適応 ― 「酸素を使い切る力」
- ミトコンドリアの数とサイズの増加(主に遅筋線維)
- 毛細血管密度の増加 → 筋線維1本あたりの酸素供給ルートが増え、 拡散距離が短くなる
- 酸化系酵素の活性化、 ミオグロビンの増加
- 脂質代謝能力の向上 → 同じペースでより多くのエネルギーを脂質から作れる = グリコーゲンの節約
最後の項目は、 距離が伸びるほど効いてきます。 マラソンの30km以降で失速するのは、 多くの場合「心肺が限界」ではなく「グリコーゲンが尽きた」から。 ジョグの積み上げは、 ここに直接効きます。
中枢の適応 ― 「酸素を送る力」
- 血漿量・総血液量の増加 → 一回拍出量↑ → 心拍出量↑
- 左心室の拡張(遠心性肥大) → 1拍で送れる血液量が増える
VO2max = 心拍出量(送る力)× 動静脈酸素較差(使い切る力)
「VO2maxを上げる練習=インターバル」というイメージが強いですが、 送る力の土台である血液量と心臓のサイズは、 低強度の積み上げで作られる部分が大きい。 ジョグは間接的にVO2maxの天井を上げています。
構造の適応 ― 「走れる身体の器」
- 腱・靭帯・骨の耐性
- 着地衝撃に耐える筋の耐性
これがすべての練習の上限を決めます。 どんなに心肺が優れていても、 身体が週100kmに耐えられなければ週100kmは積めない。
そして、ここが重要
上に並べた適応は、 第1回で触れた可逆性の原理の「ゆっくり積まれ、 ゆっくり落ちる」側です。 積むのに年単位かかる。 だからジョグの成果は、 来月ではなく来年出ます。 逆に言えば、 いま速くならないからといって捨てていいものではない。
2. なぜ効くのか ― 「低強度で長時間」の意味
サイズの原理
筋線維は、 弱い力から順に、 遅筋→速筋の順で動員される(ヘンネマンのサイズの原理)。 つまり:
- 低強度で走る → 遅筋線維がずっと働き続ける
- 高強度で走る → 遅筋+速筋が動員される。 が、 キツいので長くは続かない
長距離のレースを支えているのは主に遅筋線維です。 その遅筋に総動員時間を稼げるのが低強度長時間走。 400m×10本の「実際に走っている時間」は合計5分程度ですが、 60分ジョグは60分間ずっと遅筋を回し続けています。
ミトコンドリアは「時間」で増える
ミトコンドリア新生のシグナル(PGC-1αなど)は、 収縮の反復量に反応する経路と、 代謝ストレスの強度に反応する経路の両方から立ち上がります。
- 低強度長時間 → 反復量の経路
- 高強度 → 強度の経路(短時間でも立つ)
どちらか一方ではなく、 両方あるから両方やる。 これが「低強度8割+高強度2割」の生理学的な根拠のひとつです。 ジョグは高強度の代わりにはならないし、 高強度もジョグの代わりにはならない。
疲労をほとんど置いていかない
第1回のフィットネス−疲労モデルを思い出してください。 ジョグが優秀なのは、 フィットネスを積みながら、 疲労をほとんど残さない点です。 だから毎日できる。 毎日できるから量が積める。 量が積めるから、 ゆっくりした適応が進む。
さらに副次効果として、 疲労が浅い=ポイント練習の質が担保される。 ジョグを飛ばして高強度だけやる人が伸びないのは、 実は高強度そのものの質が落ちるからでもあります。
3. どう設定するのか
強度 ― ここが9割
| 指標 | ジョグの目安 |
|---|---|
| 会話 | 会話が続けられる(トークテスト)。 文章で話せる |
| 心拍 | 最大心拍の 65〜78% 程度/予備心拍(HRR)の 60〜75% 程度 |
| 主観(RPE) | 10段階で 3〜4 |
| 血中乳酸 | 2mmol/L 未満 |
| ペースの逆算 | 5000mのレースペース + 60〜90秒/km 程度 |
ダニエルズのVDOT表でいう Eペース(Easy) がここに相当し、 おおよそ VO2max の 59〜74%、 最大心拍の 65〜79% 程度とされます。 多くの人は、 想像より遅く走るべきです。
時間
- 下限:30分程度。 これを下回ると刺激として物足りない
- 標準:40〜90分
- LSD/ロングジョグ:90〜150分。 ノルウェーのトップ選手も、 日曜に120〜150分の低強度ロングを置く構成が知られています
そして最重要:ジョグを1種類だと思わない
リカバリージョグと有酸素トレーニングとしてのジョグを分けて考え、 それぞれに目的を持って取り組む
| 種類 | 目的 | 強度 | 時間 |
|---|---|---|---|
| リカバリージョグ | 疲労を抜く。 積むためではない | ゾーン1下限。 RPE 2〜3。 「遅すぎる」と感じるくらい | 20〜40分 |
| 有酸素ジョグ(ベーシック) | 有酸素基盤の積み上げ。 これが主力 | ゾーン1〜2の下。 RPE 3〜4 | 40〜90分 |
| ロングジョグ/LSD | 脂質代謝、 毛細血管、 構造的耐性 | ゾーン1〜2 | 90〜150分 |
| プログレッションジョグ | 基盤+終盤にLT下限へ触れる | 前半ゾーン1 → 後半ゾーン2 | 60〜90分 |
リカバリージョグと有酸素ジョグを同じペースで走っているなら、 それはリカバリー日を潰しています。
頻度と週の構成(一例)
月:リカバリージョグ 40分 + 補強 火:ポイント練習(インターバル) 水:有酸素ジョグ 70分 + 流し 木:有酸素ジョグ 60分 金:リカバリージョグ 40分 土:ポイント練習(ペース走) 日:LSD 100〜120分
ポイント練習2回、 残り5日は全部ジョグ。 これで低強度が8割前後になります。 特別なことは何もしていません。
二部練習という選択肢
日本の実業団や欧州のトップが朝ジョグを入れるのは、 疲労をほとんど増やさずに量だけを積めるからです。 「1回90分」より「朝40分+夕60分」のほうが、 総量は多いのに脚は軽い。 時間が取れるなら強力な手段です。
路面
ロードだけで積むと、 同じ衝撃・同じ動作パターンの反復になります。 芝・土・クロカンコースを混ぜると、 衝撃が分散され、 動作のバリエーションが増え、 足まわりの細かい筋群が鍛えられる。
4. よくある失敗
① 速すぎる(圧倒的にこれ)
最大の問題であり、 ほぼ全員が通ります。 「ジョグのつもり」が閾値をわずかに下回るあたり(あるいは超えるあたり)に入り込む ― ノルウェー式の文脈で 「中強度の罠」 と呼ばれる現象です。 閾値をわずかに超えた強度でダラダラ走り続け、 疲労だけが蓄積する。
タチが悪いのは、 中強度が気持ちいいことです。 でも生理学的には、 低強度の量的メリットも、 高強度の質的メリットも取り逃している。 セルフチェック:
- 翌日のジョグが重い
- ポイント練習で設定を外すことが増えた
- ジョグ中に会話が単語になる
- 「今日は調子いいからちょっと上げた」が週2回以上ある
原因はたいてい環境です。 集団走で速い人に合わせている、 Stravaに遅いペースを上げたくない、 遅く走るのが下手。 3つ目は本当に技術で、 意識的に練習しないと身につきません。
② リカバリーと有酸素ジョグの混同
疲労抜きの日に60分×そこそこのペース。 抜けません。 リカバリージョグは、 遅すぎて退屈なくらいが正解です。
③ 短すぎる
毎日20分だけ。 刺激が閾値に届かず、 量にもならない。 可逆性の原理でいう「ゆっくり積む」ものは、 そもそも積まれていません。
④ 目的が言えない
「つなぎ」という言葉を使った瞬間、 目的は消えています。 第1回の意識性の原則です。 今日のジョグは疲労抜きなのか、 基盤の積み上げなのか、 脂質代謝なのか。 言えないなら、 まずそこから。
⑤ 遅すぎてフォームが崩れる(LSDの盲点)
①と矛盾するようですが、 これも実在します。 あまりに遅いと、 接地・重心移動・ピッチがレースの動作と乖離していく。 特異性の原理から外れる領域です。 対策はシンプルで、 ジョグの最後に流し(ウィンドスプリント)を4〜6本。 100m前後を、 8割程度の速度で、 力まずに。 神経系にレースの動作を思い出させておく。
⑥ 距離を急に増やす
漸進性の原則。 「週の距離は前週比10%まで」は絶対法則ではないものの、 目安として優秀です。 そして量を増やした週は、 強度を上げない。
5. ジョグの質を上げる3つの具体策
- 流しをセットにする:ジョグ+WS 4〜6本を定型化。 動作の質を守りながら、 ジョグを安心して遅くできる。
- ログを取る:ペースだけでなく心拍(あるいは主観)を必ず残す。 「同じ心拍で、 ペースが上がってきた」=有酸素基盤が育っている最も分かりやすいサイン。
- 単独で走る:ジョグの適正ペースは人によって違う。 集団で走る限り、 誰かは必ず速すぎる(個別性の原則)。
まとめ
- ジョグは「つなぎ」ではなく、 練習量の7割を占める主要練習
- 狙いは有酸素基盤(ミトコンドリア/毛細血管/血液量/脂質代謝/構造的耐性)。 成果は年単位で出る
- 低強度長時間が効くのは、 遅筋の総動員時間を稼げるから。 かつ疲労を置いていかないから
- ジョグを1種類だと思わない。 リカバリー/有酸素/ロング/プログレッションを分ける
- 最大の失敗は速すぎること。 中強度の罠に落ちると、 量のメリットも質のメリットも失う
次回は、 ペース走・テンポ走(LT走)。 ジョグの上、 インターバルの下。 近年もっとも重要度が上がっている強度域であり、 ノルウェー式が大量に張っているのがまさにここです。
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