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トレーニング理論

【長距離トレーニング理論③】ペース走・テンポ走(LT走)― 「中強度の罠」が、ここでは正解になる

罠なのは『中強度』ではなく『意図しない中強度』。 設計された中強度=閾値走は長距離最強の武器です。 ノルウェー式が大量に張るこの領域の中身を開けます。

最終更新: 2026-07-14

はじめに

前回、 ジョグの最大の失敗として 「中強度の罠」 を挙げました。 閾値付近をダラダラ走って疲労だけ溜める現象です。 なのに今回はこう言います ― 「中強度に、 大量に張れ」。 矛盾しているように見えます。 先に答えを言っておくと、 こうです。

罠なのは「中強度」ではなく、 「意図しない中強度」。 ジョグが漏れ出して中強度になるのが罠。 設計された中強度は、 長距離最強の武器です。

近年、 この強度域の重要度は上がり続けています。 ノルウェー式が大量に張っているのも、 まさにここ。 今回はその中身を開けます。

1. 何を狙うのか

まず、乳酸の誤解を捨てる

乳酸は疲労物質ではありません。 これは決着のついた話ですが、 現場にはまだ「乳酸が溜まって脚が動かない」というイメージが残っています。 正確には:

  • 乳酸はエネルギー基質。 筋・心臓・肝臓で酸化されて使われる、 ちゃんとした燃料
  • 乳酸は常に作られている。 安静時も、 ジョグ中も
  • 問題は産生量そのものではなく、 産生と除去のバランス

だから「乳酸を出さない練習」に意味はありません。 狙うのは処理能力です。

閾値は2つある

呼び名何が起きる点か乳酸の目安体感
LT1有酸素性作業閾値 / エアロビック閾値乳酸が安静値から上がり始める〜2mmol/L会話ができる上限
LT2乳酸性作業閾値 / MLSS / OBLA産生と除去が釣り合う最大点。 超えると乳酸は上がり続ける従来4mmol/L(後述)1時間程度なら維持できる

この2点で、 強度域は3つに割れます。

    Zone 1     |      Zone 2      |    Zone 3
  (LT1未満)  |   (LT1〜LT2)   |  (LT2超)
    ジョグ     |   ★今回の主戦場   |  インターバル

⚠️ ここで最大の混乱ポイント

「Zone 2」という言葉が、 2つのまったく違う意味で流通しています。

  • 3ゾーンモデル(ノルウェー式・スポーツ科学系)の Zone 2 = 閾値域(中強度)
  • 5ゾーンモデル(心拍計・アプリ系)の Zone 2 = ジョグ(低強度)

「Zone 2トレーニングが大事」という記事を読むとき、 どちらの話をしているのか確認しないと、 正反対のことをやります。 この連載では3ゾーンモデルを使います。

LTを上げると、何がいいのか

LTペースは「長時間維持できる速度」の実質的な天井です。 そして重要なのが、 マラソン・ハーフ・10000mのパフォーマンス予測は、 VO2maxよりLTのほうが強いという点。

  • VO2max = エンジンの排気量。 数年で頭打ちになりやすい
  • LT = そのエンジンの何%を、 長時間回し続けられるか。 長く伸び続ける

VO2maxが同じ2人がいたら、 レースで勝つのはLTが高いほう。 しかも伸びしろが残っているのもLTのほう。 だからトレーニングの投資先として、 ここが強い。

具体的に何が変わるか

  • 乳酸除去能力の向上(MCTの発現増。 隣接筋線維・心臓・肝臓での酸化)
  • 速筋線維(Type IIa)のミトコンドリア増加 ← ジョグとの決定的な違い(後述)
  • 毛細血管密度の増加
  • 脂質酸化が効く速度域の拡張 → より速いペースでもグリコーゲンを節約できる
  • レースペース近辺のランニングエコノミー

2. なぜ効くのか

ジョグとの決定的な違い ― 速筋を「有酸素化」する

第2回でサイズの原理(弱い力から順に、 遅筋→速筋が動員される)を扱いました。 ここで効いてきます。

  • ジョグ(Zone 1) → 遅筋(Type I)中心。 速筋はほとんど寝ている
  • LT域(Zone 2) → 遅筋 + 速筋の一部(Type IIa)が動員される
  • 高強度(Zone 3) → Type IIa もフル動員。 ただしキツすぎて長く続かない

Type IIa は「鍛えれば有酸素的になる」線維です。 マラソン後半、 遅筋が疲れてきたときに仕事を引き継ぐのがここ。 つまり、

LT域は「速筋を有酸素的に働かせながら、 最も長い総時間を稼げる強度」

Zone 1では速筋が動員されないので鍛えられない。 Zone 3では動員されるが10分ももたない。 その間のZone 2でだけ、 40分でも60分でも速筋を有酸素的に回し続けられる。 これがLT走の核心です。

乳酸処理系のトレーニング

乳酸を作りながら、 同時に処理し続ける状態を長く維持することが、 処理系そのものを鍛えます。

  • Zone 1 → そもそも乳酸がほとんど出ない = 処理系に負荷がかからない
  • Zone 3 → 処理が追いつかず蓄積 = 短時間で終わる
  • Zone 2(LT2直下) → 出しながら処理する状態を最長時間キープできる = 処理系への総負荷が最大

そして、コストが安い

LT走の疲労は、 インターバルより圧倒的に軽い。 40分のテンポ走と、 1000m×10本。 ダメージが全然違います。 LT走はフィットネスの積み上げに対して疲労の置き土産が小さい。 だから頻度が出せる。 週2回でも壊れないし、 ノルウェー式に至っては1日2回やる。 この「安さ」こそが、 ノルウェー式がここに張っている理由です。

3. どう設定するのか

まず、種類を分ける

名称強度時間・量狙い
ペース走(Mペース走)LT1近辺〜やや上60〜120分/20〜30km脂質代謝の高速化、 マラソンの特異性
テンポ走/閾値走(Tペース)LT2直下20〜40分連続LT2そのものの押し上げ
クルーズインターバルLT2直下5〜15分 × 3〜5本(つなぎ1〜2分)Tペースの総量を増やす
ダブルスレッショルドLT2よりやや下(乳酸2〜3mmol/L)午前+午後総量の最大化
プログレッション走後半でLT1→LT2へ60〜90分実戦的な粘り

「20km 3'30/km」がMペース走なのかTペース走なのかで、 狙いも設定も翌日の扱いも全部変わります。 ここを曖昧にしたまま「今日はペース走」と言っているうちは、 意識性の原則から外れています。

強度をどう決めるか

① レースペースから逆算する(最も現実的)

  • Tペース(閾値)1時間の全力で走れるペース(トップならハーフのレースペース、 市民は10kmレースペース+10〜15秒/kmが目安)
  • Mペース ≒ フルマラソンのレースペース

② 心拍:LT2 ≒ 最大心拍の85〜90%、 LT1 ≒ 75〜82%。 ただし心拍はドリフトします基準はペース、 参考が心拍です。

③ 主観(実はこれが強い):Tペースの体感は "comfortably hard"。 最強のセルフチェックはこれです:

終わった直後に「じゃあもう1本」と言われて、 行けるか。 絶望するなら、 速すぎです。

④ 乳酸測定:ノルウェー式は 2.0〜3.0mmol/L に収めます。 提唱者マリウス・バッケンは5,500回以上の測定の末、 従来の4mmol/Lでは強すぎると結論づけました。 低めに抑えることで筋ダメージを抑制し、 その分量を大幅に増やせるというロジックです。

🔑 最重要ルール:上げない

大切なのは、 速度が速くなりすぎないようコントロールすること。 そして、 ボリュームはスピードに勝る。(マリウス・バッケン)
「良い練習は良いレースに比べれば何でもない」(ヤコブ・インゲブリクトセン)

LT走は、 追い込む練習ではありません。 ここを間違えると、 後述する失敗①に直行します。

量の目安

  • 週あたりのTペース総時間:初級 20分 → 中級 30〜40分 → 上級 60分以上
  • 1回の連続走は40分程度が上限。 それ以上やりたいならペースをMペース寄りに落とす
  • 総量を増やしたいときは、 ペースを上げずに「分割」する(クルーズインターバル/ダブルスレッショルドの発想)

ダブルスレッショルドの中身(と、市民ランナーへの翻訳)

午前: 5分 × 5〜6本(乳酸 2.5前後)
午後: 1000m × 10本 または 400m × 20本(乳酸 3.0前後)
→ 1日の閾値走 合計 60〜70分

ポイントは1本1本が「余裕がある」こと。 追い込んだら午後が走れません。 市民ランナーがそのままやるのは非現実的ですが、 思想は移植できます。

  • 入口:週1回の閾値40分を、 朝20分+夕20分に割る
  • もっと簡単に:テンポ走の設定を 5秒/km 落として、 時間を1.5倍にする

これだけで「速度を抑えて量を取る」というノルウェー式の中核は再現できます。 乳酸計がないから無理、 ではありません。

4. よくある失敗

① レースにしてしまう(最大にして最頻)

テンポ走を「20分のタイムトライアル」にする。 すると乳酸は4〜6mmol/Lに跳ね上がり、 それはもうZone 3の高強度練習です。 何が起きるか:

  • 疲労が重い → 週2回できない → 閾値の総量が落ちる
  • 翌日のジョグが潰れる → 低強度の量も落ちる
  • つまり、 低強度のメリットも中強度のメリットも同時に失う

1本を頑張ることで、 月間の総量を失っています。 ボリュームはスピードに勝る、 の意味はここです。

② 設定が速いことに気づいていない

LT2の推定がズレている/3か月前のレース結果で設定を作っている/調子がいい日に上げてそれが基準になる。 対策:定期的に更新するか、 毎回「もう1本行けるか」で補正する。

③ Zone 2 の混同

前述の通り。 記事を読むときは3ゾーンか5ゾーンかを必ず確認。

④ 「中強度の罠」と区別がつかない

罠の中強度武器の中強度
意図なんとなく上がった設計されている
時間決めていない何分やるか決めてある
目標値ない乳酸/心拍/主観の目標がある
翌日重い普通にジョグできる
頻度週の半分が中途半端週2回、 残りは低強度

「ジョグが漏れて中強度になる」のが罠。 「設計された枠として中強度をやる」のが武器。 同じ心拍数でも、 意味が正反対です。

⑤ ジョグを削ってLTを増やす

やりがちですが、 逆効果です。 LT走の土台はジョグ。 低強度8割の構造は変わりません。 閾値の総量を増やしたいなら、 まず全体の走行量を増やす

⑥ 距離走とテンポ走をごちゃまぜにする

Mペース走とTペース走は、 狙う適応も回復も違う練習。 同じ「ペース走」という単語で呼んでいる限り、 混ざり続けます。

5. 週の中でどう置くか

月:リカバリージョグ 40分 + 補強
火:★閾値(テンポ走 or クルーズインターバル)
    ※余裕があれば 朝20分+夕20分 のダブル
水:有酸素ジョグ 70分 + 流し
木:有酸素ジョグ 60分
金:リカバリージョグ 40分
土:インターバル or Mペース走
日:LSD 100〜120分
閾値の翌日(水曜)に、 普通のジョグが普通にできるか。 できないなら、 火曜が速すぎます。

まとめ

  • 乳酸は疲労物質ではない。 狙うのは処理能力
  • 閾値は LT1 と LT2 の2つ。 主戦場はその間(3ゾーンモデルの Zone 2)
  • 「Zone 2」は2つの意味で流通。 3ゾーンか5ゾーンか必ず確認する
  • LTはVO2maxよりレースパフォーマンスへの寄与が大きく、 伸びしろも長い
  • 核心は速筋(Type IIa)の有酸素化乳酸処理系。 Zone 2でだけ両方に長時間の総負荷をかけられる
  • LT走はコストが安い。 だから頻度が出せる。 最重要は上げないこと(「もう1本行けるか」で毎回チェック)

次回は インターバル。 ついにZone 3、 VO2maxの領域に入ります。 今回さんざん「上げるな」と言ってきましたが、 上げなければ手に入らないものも確実にある。 その話をします。


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